年賀状

 あまりマメではない私ですが、毎年少しずつ年賀状を書いています。今の職場に移ってからは大晦日までジルヴェスターコンサートの準備をしているため、それを言い訳にして年明けに書いていますが、それでも年が明けて清々しい空気の中で懐かしい方に便りをするのは佳いものだと感じます。

 今年の正月は、昨年からのコロナ禍で皆様どうされているだろう、という想いもあり、過去数年に文を交わした方々に年賀状を出させていただきました。リモートワークで初出社がつい最近という方もいらして、メールでその旨お知らせ下さったりもします。繋がるのはありがたいことだと感じています。

 年一の賀状を交わす中には、若い頃にお世話になった心の師匠とてもいうべき方もいらっしゃいます。今日は、舞台照明を志した20代半ば、世田谷パブリックシアターの「実習講座」(劇場主催の1か月公演の本番付きスタッフを通して学ぶ講座)の際にお世話になった、当時の舞台技術課長様の桑谷哲男氏からお返事をいただきました。日本に『公共劇場』の概念を広めよう、と日本各地に公共劇場を立ち上げた方々のお一人です。その後可児市文化創造センター、杉並芸術会館(座・高円寺)等を立ち上げる事になる方ですが、当時は自分の進路も含めて沢山のアドバイスをいただき本当にお世話になりました。

 当時の事を今でも懐かしく思いだすことが出来ます。25歳の私は講座を受ける為に第1次審査の志願書を出し、その後東京に面接を受けに行きました。面接の際、3名の試験官の前で「なぜ貴方は照明をしたいのですか?」との質問に「私は照明の現場に携わりながら、素晴らしい光にとても癒やされました。だから、照明で人の心を癒やしたいです。」と答えると、「光で人の心を癒やす心理学的療法(セラピー)もあるので、貴方はそちらに進んだ方が佳いね。」と試験官の先生方に言われ、絶対に落ちた、と思いました。でも、蓋を開けると合格で、40日間の講習を受講させて戴くことが出来ました。マンスリーマンションの費用も含め、自前で40万円の自己投資。東京に旅立つ日の朝は、妹のスーツケースを借りて文字通り荷物を詰め込んで行きました。工具も入れたためにあまりに重すぎて駅の階段が登れず(当時はエレベータなどありませんでしたので)、見かねたサラリーマンの方が手伝ってくださったのさえ懐かしく思いだされます。

 講習は、初めての東京・一人暮らし・新しい環境で、自分で何をするべきか考えて動く時間でした。稽古場にプランナーやチーフなどの指導員が来られない時期、ギャラリーで一人ぽつんと眺めながら、自分は何をすればよいのか、本当に一人で真剣に考えました。研修に参加出来る楽しさと、色々自分と向き合い不安も抱えながら過ごす日々、帰りがけに事務所の奥の自席に座っておられる桑谷氏のお顔を拝見して「おつかれ様です」とご挨拶しては励みに過ごしました。

 桑谷氏には凄くお世話になりながら、実際に直接ゆっくりお話させていただいたのは、この研修終了時のご挨拶、東京在住時の最後びわ湖ホールに移る前のご挨拶、新規劇場立ち上げスタッフの誘いがあった際に相談に乗っていただいた(※結局びわ湖に残っております)の計3回だけですが、とても大きな人生の師のお一人です。

 東京からびわ湖ホールに移る際に「タフになれ。やるなら骨を埋めるぐらいの気持ちでやらないと出来ないよ」と言葉を戴きました。これは、長野県民会館の立ち上げを皮切りに、全国各地に劇場文化を根付かせてきた氏の実体験からの生きた言葉です。このような心の引き出しの沢山の宝物を胸に、私は今日も過ごしています。

追伸:1月20日の投稿のつもりが零時を少し廻りましたね。世界的に注目される1日に自分の志の話を思い出すのも何かご縁かもしれません。人と時の恩恵に感謝を込めまして。

 

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