行間は埋めるもの?

ご無沙汰しています。すっかり春らしくなっていますがお元気でお過ごしでしょうか?

このところ、初心に返ったり、自分探しをしたり、(休みの日に)プチ引きこもりな気分になったり、梅見をしたり、トライ&エラー???をしたり、と自分賑やかに本能のままに過ごしておりました(笑)。自分の変化は自分が一番よく分かると思うのですが、もう、氣を遣い果たしてくたくただったり、何かアウトプットするなどおこがましいと思ったり、夕食後は眠くて起きていられない、などなど、日々の自分の変化が面白いくらいでした。自分の内面も少しずつ変わってきているようで、「あたし、意外にコワいひと?(笑)」と思う瞬間があったり、俯瞰って大事ね、と気が付くこと多々です(笑)

さて、「行間は埋めるもの?」なんてタイトルを付けましたが、昨今のSNSがきっかけです。

最近、Clubhouseの流行りとともに、SNSの投稿の動画化が進んできているように感じます。みなさますごいと思う一方で、私にとっては今まで動画は学びや情報収集のツールだったので、付き合い方が少し難しい点も出てきています。

元々本好きなこともあり、人の文章からイメージが湧いたり空気感を想像する方でしたので、動画でご本人が喋っている映像(ビジュアル)を見せられすぎると、自分が考える部分(行間)がなくなり、そのままでしか受け止められなくて、内容によっては情報があまりインプットされずさらっと流れてしまうことがあります。

また、速読を学んだこともあり、内容により速読(斜め読み)するものと、じっくり読むものを使い分けているのですが、動画では、動画再生中、ずっと画面と向き合っていないといけない気がして、少し窮屈というか拘束感を感じるところも正直あります。

もちろん、動画が嬉しいことも沢山あるのですが、動画慣れしていない方が「文章を書く代わりに動画で喋る」内容等は、(場合により)見ているのがしんどいときもあります。(素直でごめんなさい。)私も喋るのは苦手な方なので、自分が動画に出たら相手の方に退屈させてしまいそうなので、本当に自分も同じだと感じています。

文字から成る文章は、自分の経験を重ね合わせて行間にとても幸せな空気を満たすことが出来ると思うのです。だから、ビジュアルで限定したイメージを植え付けるより、行間を読み手が膨らませることが出来るものの方が私は好きです♡

文章も動画も、どちらもコミュニケーションのツールとしてうまく使っていけるようになれるとよいですよね♡

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