見えないおばけ

私にも怖いものがあります。それは自分自身が向き合っているものです。仕事とか、向き合う問題とか。

相手の姿が見えないから、考えてはいても形にするのが怖くて、取りかかるのにすごく時間が掛かったりする。伸ばし伸ばし、時間をかせいでしまいます。そして、期限が迫って来て、自分で余計に苦しくなったりする。

大切なことや大きなことほど、よく考えよう、きちんとやろうとするから空廻りします(苦笑)。すごく自分らしいと思います。

でも、実際にえいやっ!と飛び込んでしまうと、呆気なく構造が見えたりする。骨組みが作れる。例えるなら、私が骨組みの設計図を作ると、後は職人さん達が補強をしたり屋根や壁を作ってくれたりする。

そして何より大切なのは私が「こうしたい」と方針を打ち出すことなのだ。その責を負っている。だからこその恐怖、それが見えないおばけ。

自分のことも同じ。私一人だけで問題になることなどないのだから(笑)。形にしたら、あとは解決へ道を作っていける。

見えないおばけから向き合うのを逃げるのは、凄く今までの私らしいと思う。でも、この風の時代、おばけと向き合っている時間も惜しくなってきている。私はどんどん変化していくべきなのだ、そう思う。

だから変わっていこう。

そして私は知っている。私の元にやってくるのは解決出来ることで、私は自分の掌で多くを形創る力を持っていることを。多謝。時間に。偶然に。時代のエネルギーに。

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