「神様が教えてくれた」と思うことはありますか?
今日、配線用のケーブルを作るために長さを測っていました。100cmでいけるな、と思ったのですが、ふと『110cmが正解』と内なる強い声が響きました(ちょっとオーバー?(笑))。なるほど、10cm長くしておけば少しゆとりが出来るから、固定するときにキュッと引いたり、もうちょっと引き込みたいときに融通が利きそう、と声に素直に従いました。
私はこういう『答え』が降ってくる瞬間を『神様が降りてきた』と自分で呼んでいます。たとえばオペラ『蝶々夫人』で初夜を迎える前のお着替えのときの行燈の光と、初めての口づけを交わして褥に向かう行燈の光が微妙に違う色を選ぼうだとか、このアリアの時に射してくる光はあの角度、とか、直感的に『真実』が来る時があります。
また、びわ湖ホールのミューズは、作業中に誰かが物を落とす瞬間を私に見せてくれます。たとえば、照明ブリッジに乗ってシュートをしている人がスタッフパスを床に落としてしまったとか(私以外誰も気が付かず)、ざわざわしている仕込み時にギャラリーの灯具に色入れに(周囲に無断で)行った子が、その色シートを落とす瞬間とか、フロントでパイプ仮設の作業をしてた人がパイプを落とす瞬間とか・・・。割とスローモーションで見せてくれます(笑)(・。・;
東京文化会館に、知己が付いている公演のリハーサル見学に行ったときには、ふと天井を見上げて客電が1灯球切れしているのが目に入ってきたり。
何かが起こる瞬間を目にするのは、最近の量子力学で説明すると空気の振動(波動?)がずれる瞬間を捉えているのかもしれませんね。『照明の神様が降りてくる』のはどう説明出来るのだろう。頭の頂上の中の方が「ぎりり」「がりがり」と音がする感じなのです。普段動いていない部分が動くような感じ。
判らないから佳いのかもしれませんね。自然と感謝をもてるから。今日も感謝なのでした☆